赤橙白黄(せきとうしき:本名、山守健太、1994年〈平成6年〉716-)は、日本の俳優。劇団おひさま冒険団所属。愛知県名古屋市出身。

来歴

幼少期

1994716日愛知県名古屋市内の病院で山守家長男として出生。名前の由来は健康に太い人生を生きてほしいという願いの元つけられた。名古屋のはずれに一軒家を構え、幼少期から育つ。幼稚園の年中から授業や、川遊びの時などに困らないようにとJSSスイミングスクール千代田に所属。同年代に負けるのが嫌だったのと泳げるようになるにつれ母にオモチャを買ってもらえることをモチベーションにして同じ小学校、中学校では同い年の中で1番になり水泳選手を目指すようになる。

 

負けず嫌い

幼い頃から水泳を始めたことで周りと競うことが楽しくなり水泳に、より没頭するようになる。中学2年にはより水泳に触れたいという想いから親に無理を言い選手になる。合宿や大会などで周りの選手と競い、同世代にも負けたくないという思うも同年代の2名の選手が全国区だったということもあり、自分との圧倒的なスピードと埋められないであろう実力差からプロになるのは難しいと初めての挫折を経験する。高校は名古屋市内の私立東邦高等学校に進学。水泳部に入るもやはり全国や東海大会に出る先輩を目の前にしここでも挫折。一年の夏頃に退部。その後バイトで地元のKFCに入る。不器用で仕事覚えも遅かったが人見知りをしない性格から先輩から目にかけてもらえた。仕事を始めて一年と半年が過ぎた2012年の春頃、先輩からある連絡が入る。それはKFCの大会に出ないかという内容であった。各ポジションに分かれ、マニュアルの正確性、スピード等を減点方式で点数化するものであった。初めて出た大会でのポジションはキッチン。先輩達の期待に応えたいという気持ちが非常に大きく店舗内選抜、エリア大会、社内大会、地区大会と駒を進める。そしてついに地区大会優勝。所属していた店舗が直営店ではなく、フランチャイズだったことにより当時の大会ルールで日本一決定戦はなかった。この年、日本で10本の指に入ることになる。海外研修という名目でシンガポールにアジア大会の視察にいくことになる。

 

役者を志すキッカケ

離職が多かった父親を幼少期から見ていたため一般職(いわゆる会社員)に就くつもりは子供の頃からなかった。初めて読んだコミックスのドラゴンボールに深く感銘を受け、絵を描くことを始め漫画家になることを志す。それから多くの漫画を読んだり集めたりすることが増え、少年漫画だけでなく少女漫画や青年漫画まで多くの作品を読むことになる。その中でも『D.Gray-man』、『エアギア』は少年時代に触れて今現在でも日々絵を描く中で頻繁に触れる作品である。しかしモチベーションが下がった中学卒業後 バイトを通して知り合った女性と仲を深め、大学2年の頃交際を開始。その女性が当時タレントを目指しておりオーディションの為東京に行く際同行することもあった。この女性とは初めて結婚をしたいと思う程のめり込んでおり非常に情が深かった。交際をしていた中、彼女から浮気をしたことを打ち明けられどん底に落ちる。しかし、それでも好きという気持ちが消えなかったので交際を続行。しかし、その浮気相手と付き合いたいという女性の気持ちが膨れ上がり別れを切り出される。どうすることもできず食事が喉を通らない程落ち込み、約二週間ほど動けずにいた。このままではダメだと思い思いついたのが同じ芸能界という土俵で相手よりも上にいって見返そうということだった。A-TEAM GROUPのオーディションを最初に受けることとし、二次オーディションの為東京に行く。無事にオーディションを終え翌日渋谷を徘徊していた時に外国人に声をかけられる。それが後に所属することになるEMOTIONという事務所のスカウトであった。怪しさしかなかったが、詐欺に遭ったとしてもその経験を漫画に活かそうと思い話を聞きに行くことにする。話を聞いた上で問題ないと思い、次に東京に来る際に契約するという話でまとまる。大学に通っていたこともあり、卒業してから上京出来るように資金を貯める。そして卒業後20179月に上京。同年10月から事務所のレッスンを開始。その後 舞台に立つ回数が増えるにつれ、人に楽しんでもらうことの嬉しさとエンターテインメントを創ることの愉しさに目覚めていく。逃避から始まった役者ではあったが徐々に自分がやりたいことに変わっていく。そして今現在は屋号がEMOTIONからCamille eoterpriseに変わりそのまま所属。そして講師という立場であった当時団長であった吉良達也の紹介により劇団おひさま冒険団に入団。自分が触れたことのないダンスや殺陣、アクションを始めとし様々な稽古も楽しみながら参加するようになる。

 

影響を受けた人物

大学1年の冬に1ヶ月間の語学留学でカナダに行く。現地で仲良くなったか友人とPCYouTubeを見ていた際に偶然AAAの『さよならの前に』のPVを観た。そこからAAAの曲、グループの雰囲気、ダンス、個々の魅力に惹かれ始める。元々広く深くというより狭く深く物事と関わる事が多かった山守はそのままAAAの魅力に魅了される。中でもグループのセンターポジションだった西島隆弘を注視するようになる。西島隆弘の個人としての活動が徐々に勢いが増し、それに伴いソロ名義"Nissy"の楽曲やMVに触れることが増え、より一層深く観ることが増えた。

 

出演歴

<舞台>

壱人前企画「-三文芝居狂想曲-ソープオペララプソディ」(2018)

壱人前企画「キセキ」(2018)壱人前企画「鋼鉄の棺」(2019)

劇団・球 ジャージ公演「神風-KAMIKAZE-(2019)

劇団 アルファー「愛しのバックストリート」(2020)

パン・プランニング「スポットライト」(2020)

劇団おひさま冒険団「陽の音色」(2020)

劇団おひさま冒険団「日本昔ばなし公演」(2021)

劇団おひさま冒険団「ハンカチ落としましたよ。」(2021)

 

こだわり

エンターテインメントを創る上で意識していることは様々な視点で全体のバランスとしてどう見えるか、作品としてどういう印象を与えるのかというイメージを持つこと。これで大丈夫という安心感を一切持たないことである。エンターテインメントを人に届けることの感覚として友人や恋人にプレゼントを渡すような、相手が受け取ってみるまで創ってきたものが正しかったのかどうか分からないような感覚である。最後は感情勝負なのがエンタメだと思っているので、どのラインがこの作品いいよねと言われるか分からないのがある種、作品を創る上での楽しみでもある。喜んでもらうことで喜びたいと言うエゴもある。

 

現在の夢

一言で言うとエンターテイナー。常に人を勇気付けたり楽しんでもらうことが目標。この人が頑張っているから今日から明日から、また頑張ろうと思う活力になりたい。元気になるキッカケ作りがしたい。そして今まで関わって下さった方々へ恩返しをしていきたいというのが根底にある。職業で言うと俳優、漫画家、デザイナー、YouTuberと多岐に渡り活動できる場を広げていこうと現在模索中。